松田優正社長
「スーパーに並ぶ添加物だらけのマヨネーズには手が伸びないけれど、手作りとなると面倒で…」という自然食派ママたちの頼もしい味方、『松田のマヨネーズ』。これ1本あれば子どもたちの喜ぶヘルシーレシピもグッと増えて、じつにうれしい限りです。
弊社でも創業当初から取扱いがあったものの、十分な情報もないまま、ひっそりご案内してきました。そのようななかでも熱烈ファンの皆様からのご注文は絶えず、またご案内ページにたどり着けなかったお客様からは、「松田のマヨネーズはありませんか?」というお問い合わせをいただくこともしばしばでした。
そしてついに、緑豊かな里山風景を眺める埼玉県児玉郡神川町でこだわりのマヨネーズを作り続ける「ななくさの郷」の工場を訪ね、松田優正社長に開発の経緯などをうかがうことができました。
広く愛され続ける「松田のマヨネーズ」の魅力が垣間見られるエピソードの数々をご紹介します。
- 松田社長は以前、自然食品店を経営していらっしゃったとか。
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最初は自然食品問屋の仕事に就きました。当時はまだ、「自然食って?食べ物ってどれでも自然じゃないの?」といったような時代でしたが、私自身は玄米食関連の書籍などを通して学んでいたので、そういったものを選びたかったんですね。職場では、様々なことをより実践的に勉強させてもらいました。
その後、独立して練馬区に店舗を構えました。自然食品を求めるどころか、知っている人もまだまだ少なかった頃ですから、なんのお店か分からずに入ってきたお客様にも丁寧に説明して、とりあえず試していただきながら、少しずつお得意様を増やしていきました。
その後はちょっとしたブームも手伝って、人気(ひとけ)の少ない商店街にも関わらず、おかげさまで5坪の店舗にはいつもお客様がいましたし、とにかく毎日忙しかったですね。その分商品の回転も速く、新鮮なものを届けることができたのでお客様も喜んでくださいました。
- ところが、いきなりマヨネーズの製造を?
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つやつや♪の平飼い卵
そもそも決して、「マヨネーズが作りたい!」と思って始めたことではなかったのです。
農家さんと契約して、同業仲間と共同で仕入れていた卵が一日に何ケースも売れ残ってしまうので、「じゃあその卵でマヨネーズを作ってみんなで売ろう!」と言い出したのが、マヨネーズ作りに取り組むことになったきっかけでした。
まったくの手探り状態からのスタートですから、売り物になるかどうかもわからないものに手を貸してくれる友人もなく、お店の仕事を片づけてから、毎晩遅くまでひとりでマヨネーズの試作に明け暮れました。今考えると、よく体をこわさなかったものです。
- それでも楽しめるなにかがあったから?
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いや、苦しみだけでした(笑)。試作のたびに、今度失敗したらやめようと思っていました。時間と労力に加え、材料も無駄になりますからね。
ところが実際に失敗すると、「なんでうまくいかなかったんだろう」とその原因を考えてしまう。するとなにか、新たな糸口らしきものが浮かんでくる。そしてまた、「これが最後」と自分に言い聞かせながら始めてしまうんです。
やめようやめようと思いながらも、不思議なことにどうしてもやめることができませんでした。取り憑かれていたんですね。
マヨネーズとは呼べないような試作の段階のものも、「作ったんだからとにかく一度売ってみてくれ」と各店に出してもらいました。自分のイメージするマヨネーズの味に少しでも近づこうと試行錯誤しながらも、理想とはほど遠いものばかりが出来上がりましたが、それでも売ってくれる仲間、そして買ってくださるお客様がいました。
何年もかかって、徐々に今のものになってきましたが、やっぱりそうした皆さんの支えなしにはたどり着けなかったと思います。あとは、「皆さんにいいものを届けたい!」という愛の力ですね(笑)。
- 当時イメージしていた味に、今はたどり着きましたか?
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ひとつずつ愛情込めて手割りします
ほぼ、ですね。最初は私も一般的なマヨネーズの味がおいしいと思っていたんですが、化学調味料を使わずにシンプルな材料だけで作ると、あんな風に味づけされた味にはならないんです。その代わり、よい材料の味になります。皆さん「おいしい」って言ってくださるけれど、それは私の力ではなくて、材料がいいんですっていつもお伝えしてるんですよ。
誰しも上昇志向ってあるでしょう。食を理解していながら、その質を落とすことはできません。もちろん、まだまだ高級な材料はありますから、現状のマヨネーズが最高とは言い切れませんが、多くの方々にご利用いただきやすい価格帯ということを踏まえたうえで、妥協を許さず厳選した材料で作っています。
世界中で誰ひとり作ったことのないような最高品質のマヨネーズ作りにもいつかはチャレンジしてみたいとも思いますが、それが世に受け入れられるかどうかは別の話ですね(笑)。
- 練馬区から埼玉県の山間部に移られた経緯は?
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こちらにきて17年になりますが、その前の8年間は、練馬でお店をしながらのマヨネーズ作りでした。お店を人に任せてマヨネーズ工場をこちらに移設してからも、しばらくの間、一週間に一度のペースでお店には通っていました。その後、後任者が慣れてきたタイミングで完全に売却し、現在に至ります。
実をいうとほんとうは、南伊豆に移りたいと思っていたんですよ。暖かい地域ですし、海あり、山あり、温泉あり。畑も田んぼも、さらには漁までできます。ところが、お世話になっている米澤製油さんから、「南伊豆まで油を配達すると、一泊になるから相当高くなるよ」といわれてしまいまして・・・(苦笑)。そうするとマヨネーズが相当高価になってしまうので、残念ながらあきらめることにしました。
神泉村(注:合併により現在は神川町)という名前も気に入りましたし、自然がいっぱい残っていて、もちろん畑もでますし、最近は温泉もあちこちにありますし、結果的には大満足です。
引っ越してすぐの頃はまだそんなに売れていたわけでもなかったので、毎日製造をしなくてもよかったんです。製造のない日は畑仕事などもやりながら、新しい地にどんどん馴染んでいきました。お店をしながらでは味わえなかった喜びが、ここにはたくさんありますね。
おかげさまで今は毎日マヨネーズを作っていますが、自分がいなくても大丈夫な状態にまで環境を整えることもできたので、私は相変わらず畑通いを楽しませてもらっています
- 松田社長がご自身で畑をやりたいと思われた理由は?
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平飼いのニワトリ
もともと、「自給自足」という考え方でしたから、畑をやりたいという思いはずっと持っていました。それに加えて、「この野菜は農薬を作ってないですよ」と自分のお店でお客様に説明しても、「あんたが作ってるわけじゃないからほんとうのところは分からないでしょ」と、信用してもらえないことも最初の頃はよくあったんです。
だから、こちらに越してきた理由は畑がしたかったからといっても過言ではないんです。今はほとんど自分で食べる分を作って楽しんでいる程度ですが、一時は、工場の脇に建てた蔵を使って、畑でとれたものを料理して出すお店をしていたこともあったんですよ。無農薬のソバの実を作って、自分で挽いて打った完全自家製のソバも出していました。儲けるためにやったことではなかったんですが、農作物がたくさんできたからといって流通させようとすると、パッケージその他いろいろと用意しないといけないでしょう。ところがその場で売れば、残ったものは土に返すだけでいい。そういう発想で取り組んでいましたね。
- 食の安全性に対する人々の関心はずいぶん高まってきましたが、この地域でもなんらかの変化は感じられますか?
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感じられますね。「畑をやりたい」といってくる人がとても多いんです。「ええ?あなたが畑を?」を聞きたくなるような雰囲気の、若い女の人が特に目立ちますね。遠くからもやって来るし、地域の人たちもやり始めていますよ。
私が引っ越してきた当時、この辺りでは畑をやめていく家ばかりでしたが、ここ5年くらいで畑がずいぶん復活しました。大きい農家はなく、ほとんどが自足用ですが、麦や大豆、野菜類など、最近はどこの家でも農作物を育てていますよ。
一昔前は、「野菜を作るなんてダサい」「買う方が偉い」というような風潮がありましたが、最近は、「野菜は家で作ってるから」っていう方がなんだか格好いいんですよね。おそらくマスコミの影響も大きいんでしょうね。
私たちは、マスコミになにかをいわれると、そうだなと納得してしまいがちです。マスコミが間違ったことをいっても、そちらに流されてしまいます。誰かに操られて生きている限り、自分で判断することもできないし、そもそも自分自身の意見も持っていないのかもしれません。
「世論調査によると・・・」とかいいますが、その「世論」も、結局マスコミが作っているものですからね。
- マスコミの影響は今後も続くでしょうから、最近の農業回帰の傾向も一過性のように思いますか?
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いえ、定着していくと思っていますよ。
なぜならそれは、いいことだからです。突き詰めていくと、人間はやっぱりいいことを選びたいし、それができる時代にもなってきました。昔はマスコミの一方通行でしたが、今はネットに情報がいっぱいあります。むしろ、情報を選ばないといけない状況に直面しながら、なにがほんとうにいいのかを考え、判断し、選択する力も少しずつ育ってきているはずです。
この辺りで最近始められた畑はほとんどが無農薬有機栽培ですから、地域の環境もとてもよくなってきました。
こちらに来てすぐの頃、社屋に、「無農薬有機栽培で土づくりから」と書いた看板を掲げましたが、地域の人たちは「おかしいんじゃないの?」と取り合ってもらえませんでした。「このあたりを有機農業の里にしたい」と本気で考えて話をしたこともありましたが、誰も話に乗ってくれませんでした。「除草剤使わないとか、農薬使わないとか、そんな農業は今更できない」って感じでしたね。
でも最近は、「無農薬の方がいい」という理解が深まってきていて、もちろん未だ100%とはいきませんが、いい方向に向かっています。永続可能な社会について考える人は、確実に増えてきていますよ。現代人は心身共に不健康ですし、地球環境も目に見えて悪くなっていますから、今までなにも考えてこなかった人さえも、ほんとうにこれでいいのかな?って考えるようになってきているんでしょう。
永続可能な社会ってどんなものだろうって考えたときに、それはやはり、自分で食べるものを作っていくことに尽きると思うんです。外国からの輸入に頼らずに自給率を上げて、自給自足の社会を築くことです。社屋の看板に大きく書いた、「国内自給率を高めよう」というメッセージを、今は多くの人が認めてくれていることがなにより嬉しいですね。
パッケージ裏のメッセージ
こだわりの原料で作られた「究極のマヨネーズ」として広く愛されてきた『松田のマヨネーズ』でしたが、2002年に突如、JAS法の定める品質表示基準違反に問われることとなりました。
苦肉の策として、「松田のマヨネーズ」はいったん、その表示名称を「松田のマヨネーズ タイプ」と変更することになりましたが、その後、多くの愛好家の方々が中心となって署名活動を行い、また様々なメディアもこの一件を大きく取り上げました。松田社長もテレビやラジオなどの取材で実に多忙な日々を送りましたが、その甲斐あって、マヨネーズのJAS規格及び品質表示基準についての再審議を勝ち取ったのです。
2008年、マヨネーズのJAS規格及び品質表示基準が見直され、マヨネーズの原材料に「はちみつ」を含むという改正案が正式に了承されました。これにより「松田のマヨネーズ」は、正真正銘のマヨネーズとして、再度その表示名称を元に戻すのと同時に、現在のパッケージでは、「おかげさまで“マヨネーズ”です」として、応援し続けてくださった方々への感謝の言葉を綴っています。